前川さん・楾さんの対談

前回の前川さんのお話の続き。今回は楾 (はんどう)さんとの対談です。楾さんは広島出身の弁護士さんで、今は子供にもわかりやすい憲法に関する著書や憲法に対して理解を深めてもらうための講演も行なっているアクティブな方です。

 

そしてとても饒舌なので延々と呂律が回る回る。。。

Contents

楾さんのお話

日本国憲法のお話と社会科の教科書の内容がメインでした。他には中四国の教員採用試験の内容が憲法の丸暗記なんて〜なんのために〜・・・という意見でした。

採用試験の管理のしやすさから憲法の条文丸暗記&穴埋め問題ですが、確かに意味がない・・・昨今学校教育は文科省としても方針を変えてきています。

戦前まで徴兵制に沿った指導内容だったもんで、子供の質の平等化・標準化などが基準になってたもんで。なんだかペーパーテストそのものの内容が管理されやすいものだから人間性は皆無ですね。だから面接試験はあるけれど・・・

判断する側の人間性も問われている気がします。

ままま、それは置いておいて。楾さんの指摘は採用試験を切り口にさらに社会科の教科書の話に至る。

「〜書籍の社会科の教科書ですが・・・〇〇市ではユニバーサルデザインのまちづくり、ユニバーサルデザインの、ユニバーサルデザインの・・・どこにもそれがどんなものか、なぜ必要か、理由が一切書かれていない!!

そうなんです。これを聞いてなんだか学生の頃の私の気持ちを代弁してくれているようで嬉しかったです。聞いていると検閲されたの?と思うような内容で、楾さんが前川さんに

「本当に検閲してるの?どうやってるの?」なんで聞く場面も、前川さんも「ふふふ」と笑いながら応じる。

ちょっとお粗末な作りに感じてしまうこの教科書。しかもその次にはなぜか国民の休日のカレンダー一覧表が。

なぜ?これは指導要領に記載義務があるので載せていますが、なんだかハリボテ印象の教科書の紹介でしたと。

 

そして楾さんの話は日本国憲法に続きます。ちょっとこれは別の日にでも記事を書こうかな。楾さんの書籍は読んでみて面白かったのでぜひ。次の記事でこれは書きます!

どう舵を切るの?文科省!

はてさて、楾さんのお話と言いながら結局は教育の話に戻ります。

 

上記4つは主に文科省が今後の教育方針として打ち出しているものです。まだあるのですが目についたものをざっくりと。ディープラーニング、研究者を育てたいのかな?そうでなくても?自分が理系に身を置いているのでちょっと偏った経験談をしますと、

ディープラーニングめちゃ大事。

研究関係の仕事だと、どうしても理科の実験の本質を問われるんです。

「計画・仮説→実行→結果→フィードバック→再試行」

今時の言葉だとPDCAサイクルですが、なんせこのフィードバックが何事に置いてもできてない人多い。①が原因で②という結果が得られ、③という結果を得体ため、④という方法を実行します。というロジック的思考回路を持って欲しい。

文系・理系問わずです!プログラミングしたい人は当たり前にいるよ!仕事である実験を引き継いたことがあるけど、

「ここ、測定原理として矛盾してるけど・・・どうなの?」

「なんでかこうなったんですよね〜(ぽへ〜)」

ということがあって言葉を失いました・・・。よくある。なんでを追求することが非常に重要です。

 

ちょっとこの記事で話がまとまりそうになりのでディープラーニングについてはここまで。

 

今までの穴埋めや答えありきのペーパーテストでは測れない能力(非認知能力)が問われてくる時代です。ここ、本当に重視して欲しいところ。子どもも親御さんも学校も!

 

他のグローバル人材の育成についてもまた来年から小学校でも英語の強化が必修になるなど動きがありますね。翻訳機持てば習わなくてよくない?って意見もありますが、文科省の意図を取っ払って授業するなら、外国の人の価値観・考え方を知れるような内容で受けてみたいなと私が学生なら思う。

 

そしてできれば私は私の言葉でコミュニケーション撮りたいです。英語でも日本語の若者言葉「あげぽよ」(もう古いの?)みたいにスラングが使えるとより距離が縮まりそうだし。何より楽しそう。

対談の内容は・・・

 

お前の話ばっかじゃねーか!

一人ツッコミ入れておきます。すみません。

対談では教科書の内容から教育委員会の話に至り、ゆとり教育の話に。私もゆとり世代です。一括りにこれだからゆとりは〜・・・と言われると耳が痛いですが、根性論を持ち出すと確かに欠けていると思われるかも。けれども前川さん仰るように真のゆとり教育の狙いは、

積極的に教科以外にも学びの場を広げる。生涯学習の姿勢を育む

そして自分で気づき・考え・実行する姿勢を身に付ける。

 

なのです。学校以外の学習の場、環境を大人が用意できるかも鍵となっている気がしますね。「経済的に塾に生かせられないから仕方ないじゃない!」という話ではないです。どんなところにも学びは転がっています。 子どものうちは周りがどんな働きかけをするかが非常に重要だと思います。

 

このゆとり教育ですが、徐々に教科書が厚くなったり、また社会科の学習指導要領に教育勅語!?と取れるような一文があったり(天皇に関する一文)現在の内閣になってからまた戦前教育に近づいたりと、教育方針も振り子があっちにこっちにと変わっています。

というのを指摘していました。本当のことが知りたいのでやっぱり社会の教員免許にチャレンジしようと思います。それだけではないけれど。

日本の教育の行く末をああでもないこうでもないと話し合いながら、小さいところから教育の地盤を変える行動を小さくしていきます。講演主催者の方が、これをきっかけになんでもいいから何か動いてください。と言われたので動きます。

なので、これを読んでくれた方もこの拙い記事をきっかけに動いてください。私も頑張ります。一緒に頑張って欲しい。