プチラマダン時期から得たもの

「なんでそんな頑張れるん?」「なんでそんなの思いつくの?」
ありがたいことにそう思ってもらえる機会が増えたんで、本格的に今の考え方になったきっかけエピソードを紹介します^^

字がヨレて汚いですね汗

3回生、仕送り止まるの巻

愛媛大学の御幸寮というところに学生の時は住んでました。
6畳一間で洗濯機は置けないので1回200円で使うしかないです。

3回生の冬頃に仕送りが止まってしまったのがきっかけで、
時間とお金について深く深く考え始めます。
生活費の内訳やらそれまでの仕送りは上の画像の通り。

食費抜いても30,000円オーバーですね。
21歳で本気でお金と時間に向き合ったのがこの頃。
それまでは月に50,000円の仕送りがあり、バイトもしてたので余裕がありました。このプチラマダン期は翌年の夏前に徐々に回復します。仕送りは20,000~30,000円ほど


貯金はしてなかったわけですが・・・汗

食費も激烈安いのですがミールカード的な食堂プリペイドなんてものはありませんのでオール自炊です。唯一米だけあったので助かりました。

具体的なプチラマダンの中身

仕送り止まって本格的にやばいと思った時の生活がこちら

この時丸亀製麺さんがね、釜揚げ100円を1週間セールしてたんでね、
地獄に仏!と思って毎日行ってました。
洗濯するのも手を使い足を使い、脱水までするから割としんどい。
これだけで1時間ぐらいかかりましたね。

バイトについてはホント時期が最悪なことにこのときクリスマスシーズンだったんですね。
その時付き合ってた人にプレゼント買うお金すらなくて日雇いのバイトをしに行ってました。


怒涛のスケジュールがこれ。

バイト先まで片道10km程度だったんで自転車で行ってましたね。
通学で往復12kmあるんで長距離移動は苦じゃなかったです。

私以上に実家は色々大変でした

仕送り止まった理由もリーマンショックの余波が、
末端まで本格的に来たなという印象で、母の職場が倒産したので。
父も自営業で妹も学生なんで、もうこっちに回せるお金はないんですね。

「自営業良いよね。」っていう人いますが、子供としては冷や汗ですよ!
国保も払えなきゃ子供は医療費10割負担なわけです。
自営業でも掛け払いですが、何日も取り組んだ案件がナシになったり、貸倒もあったりします。


国保なければ学生だったら学生証しか身分証明できないので。
免許もこの頃持ってないです。

 

実家では祖母の介護・母の職ナシ状態、父の自営の不安定、妹の教育費と火の車モード。

なんか自動運転で崖に向かってる。

 

メンタルもバイタルも荒んでましたが、それでも、なんとか大学卒業できたので親に感謝ですね。高校の頃は大学行く気はあまりなかったけれど、すごくいい経験をさせてもらえたなと実感してます。

 

まだちょっと続きます。